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仁徳天皇陵古墳(大阪府堺市堺区大仙町)

①仁徳天皇陵古墳・拝所(大阪府堺市堺区大仙町)

ピラミッド、始皇帝陵と並び「世界三大墳墓」に数えられる
日本最大の古墳、King Of KOFUN、仁徳天皇陵古墳
その全容を、地上から計り知ることはできません。



少し前に、NHKの歴史番組『歴史秘話ヒストリア』で
古墳の謎がとりあげられていて
仁徳天皇陵が日本最大、世界三大墳墓の一つである、と紹介されていたのを見て、
娘が、どこに興味をもったのか、連日のように「仁徳天皇陵に行きたい!」というので、
中には入れないし、上から見ることもできないし、外から森を眺めるだけだよ、
といっても、それでも行きたいと、いうので…
暑い中、やってきました。
まあ、仁徳天皇陵古墳を見ずして、古墳を語ることはできませんしね。

①2仁徳天皇陵古墳(大阪府堺市堺区大仙町)

ここが、かの有名な仁徳天皇陵古墳です。
天皇陵なので当然なのですが、柵のこちらから、森を眺めるのみです。
すぐそばに展望台があったり、ヘリ見学できたりすると、
その広大さを実感できるのでしょうが…。
しかし、古墳周辺をくるりと回ってみようという気にならないほどの広大さではあります。

ちなみに、仁徳天皇陵古墳の回りには、陪塚と思われる古墳が10基以上あるのですが、
それにとどまらず、仁徳天皇陵の南側には、履中天皇陵古墳(3番目に大きいとされる古墳)があり、
反正天皇陵古墳、御廟山古墳、二サンザイ古墳など、大規模な古墳がたくさんあるのです。

②仁徳天皇陵・陪塚(大阪府堺市堺区大仙町)

仁徳天皇陵古墳の方墳側から道路を挟んで向かい側には、
これまた広大な大仙公園という公園があるのですが、
その公園内にも、陪塚と思われる古墳、他、小さな古墳がいくつも点在しています。
こちらも、その古墳の一つです。

③百舌鳥耳原の由来(大阪府堺市堺区大仙町)

こちらは公園の外縁にある、
百舌鳥耳原(もずみみはら)の地名の由来を表す像です。
仁徳天皇が御陵を造営しようとした時、
野の中から走って出て倒れた鹿の耳から百舌鳥が飛び去ったという逸話が
「日本書紀」にあるそうですが、
鹿は土地の精霊(神の使いなんていいますよね)で、
耳は神への捧げ物を表すしるしだそうです。
また、百舌鳥も神の使いと言われるようです。
とにかく、この土地がふさわしい地であることを、神託された、
という理解でいいのでしょうか…。

④堺市博物館(大阪府堺市堺区大仙町)

さて、大仙公園内の堺市博物館にやってきました。
館内は、百舌鳥古市古墳群からの出土物の展示を中心とし、
堺市の歴史について展示されてありました。

⑤博物館横・茶室(大阪府堺市堺区大仙町)

ちなみに、敷地内に、茶室があります。
さすが堺ですね。
千利休の像もあります。

⑤仁徳天皇陵古墳・市役所展望台からの眺め

そして、今度は、堺市役所の21F展望ロビーにやってきました。
どうしても仁徳天皇陵の広大な雰囲気を味わいたく、
堺市役所の展望ロビーにやってきました。

これが限界、というところか…・。
とにかく、広大な墳墓であることは分かります。
前方後円墳の形を味わいたかったのですが、残念です。

ここで本日の探検は終了。
せっかくなので、同フロアにあった喫茶で休憩です。

⑧堺市役所・古墳ラテ

じゃん、古墳ラテです。
いやあ、これはいいですね。なんだか熱くなります。
古墳カレーというのもあるらしいので、次回はぜひそちらを食べてみたいものです。


ところで、この前方後円墳の形。
件のTV番組『歴史秘話ヒストリア』で
実は、前方後円墳は「壷の形」を表している、という説
があることを初めて知りました。

かねてより、
前方部祭壇説(円墳部に埋葬され、方墳部で祭祀が行われたという説)や
天壇地壇説(中国の考え方で、天を円、地を方で表して祀ったとう説)などが
考えられていて、私も、そうなんだろうなあと思って疑わなかったのですが、
今までに、それを裏付ける証拠は一切出土しておらず、
今回、「壷」と聞いて、
これは、明らかに「壷」でしょ!と、腑に落ちた感じがしました。
というのも、またまた中国の伝説に由来するそうなのですが、
東王父(銅鏡なんかにも描かれていたりしますよね)という不老長寿の仙人が
海に浮かぶ3つの壷型の島に住んでいて
そこに、不老長寿のユートピアがあると思われていたそうなのです。
そして、そこから、お墓の形が「壷形」になったのだというのです。

⑨堺市役所・古墳ラテ・壷形

いやあ、どう見ても、「壷」ですねえ。




■仁徳天皇陵古墳

《別名》 大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)・大山古墳(だいせんこふん)
     「百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)」として
     宮内庁より仁徳天皇陵墓とされます。

《所 属》 百舌鳥古市古墳群(もずふるいちこふんぐん)

《築 造》 5世紀 前~中期

《形 状》 前方後円墳/墳丘長:486m 高さ:35.8m(後円部)

《被葬者》 宮内庁より、第16代 仁徳天皇の陵墓と治定される。
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