吉田神社(京都市左京区吉田神楽岡町)

0吉田神社・境内(京都市左京区)

京の都の東側、南北に連なる東山三十六峰の一つ
神の集う山といわれた 神楽岡こと吉田山。
都を守護すべく創建された朱塗りの社殿は、
千年を超えた今でも、独特の艶やかさをはなち続けいています。



0吉田神社・結婚式(京都市左京区)

先月、兄が結婚いたしまして、その結婚式を行ったのが吉田神社でした。
夏の結婚式です。
相手方のご家族との兼ね合いで、留袖を着ることになりました。
暑さに耐えられるのか大変心配しておりましたが
当日は、時折小雨のぱらつく涼やかな天気で、
無事に二人の門出を祝うことができました。
でも、着物って不思議ですね。
帯をギュッと結ぶせいか、不思議と汗がでてこないんですね。
背筋もピンとして、気分も引き締まって、あまり暑いとは感じませんでした。

それはさておいて、
新郎新婦の写真撮影中に、少しだけ神社内を散策してまいりました。

①吉田神社・鳥居(京都市左京区)

朱塗りの鳥居に「日」「月」と書かれた独特な力を放つ燈籠。
社の表参道の一の鳥居です。
京都大学の吉田キャンパスを突き抜ける東一条通りの
東のどんつきにあたります。

ちなみに、京都大学は恥かしながら私の母校でございます。
恥ずかしながら、というのは、
講義にもついていけませんでしたし、周りの同回生とちっとも会話が合いませんでしたし
自分の能力が劣っていることがバレるのが怖くて
奇をてらった行動をしたり、難癖をつけたり、
毎日学校に行くなんてバカバカしいぜ!みたいな態度をとったり
という恥ずかしい学生時代だったからです。。
結局、後になって、就職しなきゃどうにもならないことに気がついて、
焦って講義にでて、なんとか5回生で卒業することができました。
今となっても、母校というのはおこがましく、
敷地内に足を踏み入れることはおろか、
きらきらしたキャンパスをほとんど直視できません。
あの時、自分が劣っていることを認めて、ちゃんと努力すればよかったなあ…と
思ってやみませんが、それも含めて、今の自分がいるのですから、
まあしかたないというか、まあ、なるようにしてなったのでしょう。

また脱線していましたが、この神社には学生時代に何度かお参りしたことがあります。
同じ学部の友人(とうのもおこがましいけれど)と、節分祭にもきました。
すごい人でごった返していて、
たしか人形に名前を書いて、お焚き上げしてもらったような記憶があります。
懐かしいです。

②吉田神社・石段(京都市左京区)

御本宮への石階段。

③吉田神社・二の鳥居(京都市左京区)

朱の鳥居が独特な美しさを醸し出しています。

④吉田神社・拝殿(京都市左京区)

こちらは、何の建物に当たるのかなあとアレコレ検索しておりましたら
ウィキペディアに「拝殿」と載っておりました。

⑤吉田神社・中門(京都市左京区)

中門です。
この奥に、本殿があります。

吉田神社といえば、万城目学さんの小説『鴨川ホルモー』が思い出されます。
京都大学に入学した青年たちが、
オニ(式神)を扱って戦う不思議な競技をするサークルに入って、
腕を磨いたり、恋をしたり、悩んだり、京都市中をまきこんで繰り広げられる
京都市左京区界隈独特の青春ストーリーです。
本木克英さん監督、山田孝之さん主演で、映画化もされましたが、
この社殿の前で、荒川良々さん演じるサークルの先輩や、メンバーらが
神様を楽しませるために、裸で渾身の踊りを披露する場面は、
馬鹿馬鹿しくて面白かったですよね。

⑥吉田神社・さざれ石(京都市左京区)

境内にこんなものがありました。
なんと『君が代』で謳われる「さざれ石」とのことです。
岐阜県春日村の山中で発見された天然記念物なんですって。
平安時代に、55代文徳天皇(827~858年)の皇子である
惟喬親王に仕えた木地師(木工品を作る職人)である藤原石位左衛門が、
木材を探していたところ、岐阜県春日村の山中で「さざれ石」を発見し、
詠んだ歌が
「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」
と言われているそうです。

⑦吉田神社・神鹿(京都市左京区)

さざれ石のお隣に「神鹿」があります。
そもそも当社は春日大社から勧進した神社とのことで、
お祀りする神様も、春日四神で、春日大社と同様です。

⑧吉田神社・境内(京都市左京区)

もっと先へ進むと
全国八百万の神々をお祀りする「大元宮」や
料理の神様である「山蔭神社」、お菓子の神様の「菓祖神社」など
があります。
今日は結婚式に招かれてきておりますので、散策はここまでにしておきます。

⑨吉田神社・石段と新郎新婦(京都市左京区)

そして、新郎新婦、仲睦まじく
末永く幸せにありますことを願います。



■吉田神社

《住所》
京都市左京区吉田神楽岡町)

《創建》
貞観元年(859年)古くから霊域であった吉田山に、
中納言・藤原山蔭(やまかげ)卿が平安京の守護神として
春日大社から春日四神を勧進したことに由来する。

《歴史》
室町時代中頃、神官の吉田(卜部)兼倶が吉田神道(唯一神道)を創始し、
全国の神を祀る大元宮を造営。
江戸時代には、全国の神職の任免権をもつに至り、神道界に大きな権威を持った。

《祭神》
第一殿:建御賀豆知命(たけみかづちのみこと)…厄除け・開運の神
第二殿:伊波比主命(いわいぬしのみこと)  …厄除け・開運の神
第三殿:天之子八根命(あまのこやねのみこと)…学問の神
第四殿:比売神(ひめかみ)            …良縁・夫婦和合

《参考》
吉田神社HP


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