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能褒野神社(三重県亀山市田村町)

0能褒野神社・参道(三重県亀山市)

広大な森の中、ひっそりとたつ慎ましやかな社殿。
その森は、古代の英雄が命を終えたという伝説の森。



夏休み。鈴鹿サーキットに遊びに行ったついでに、
ヤマトタケルの墓とされる「能褒野王塚古墳」に足を伸ばしました。
この〝能褒野(のぼの)〟という不思議な響きは、
記紀神話で記されるヤマトタケルが薨御された地名にあたります。
古墳周辺の森は〝のぼのの森〟とされていて、その森の中にこちらの社がありました。

①能褒野神社(三重県亀山市)

能褒野神社へ至る参道の入口です。

②能褒野神社・鳥居(三重県亀山市)

鳥居さんです。
ちなみに、こちらの社は、明治時代に、
能褒野王塚古墳がヤマトタケルの陵墓である
と宮内省(当時)に治定されたことをきっかけに、
地元の人たちの力で創建へと至った神社なのだそうです。

③能褒野神社・手水舎(三重県亀山市)

素朴な手水舎です。

④能褒野神社(三重県亀山市)

参道を進むと拝殿があります。
とにかく広大に繁る森は深く、夕方のせいもあってか
ちょっと心細くなってくるほどです。

⑤能褒野神社・拝殿(三重県亀山市)

拝殿です。

⑥能褒野神社・境内(三重県亀山市)

拝殿横のお社です。
鳥居をくぐると…

⑦能褒野神社・山神水神(三重県亀山市)

「山神」「水神」と刻まれた石が祀られていました。

⑧能褒野神社・連理の榊・説明版(三重県亀山市)

そして〝連理の榊〟の案内板がありました。
雄株:根廻り70cm、雌株:根廻り55cmで、
高さ3m付近で繋がっているのだそうですが、
残念ながら、その榊がどこにあるか確認はできませんでした。

案内板によると、その榊は、ヤマトタケルとヒメの化身であるとかないとか…。
ここにある〝ヒメ〟というのは、当社の配神でもあるオトタチバナヒメのことでしょう。
オトタチバナヒメは、『日本書紀』『古事記』いずれにも記されたヤマトタケルの妻で
とてもドラマチックなエピソードで登場します。
東征中のヤマトタケルが、軍勢を連れて海を渡ろうとした際に
海が荒れて船を進める事ができなくなったところ
同行していたオトタチバナヒメが、海の神を鎮めるために
なんと入水してしまうのです。
そして、ヒメの尽力で海は鎮まり、ヤマトタケルは無事に軍を進めることができたのです。
『古事記』には、その時に「あづまはや(我が妻は)」と嘆いたと記されています。
そこから、関東を「あづま」ということになったのだそうです。

ちなみに、オトタチバナヒメの登場はここだけなのですが
とてもセンセーショナルで悲劇的ですよね。




■能褒野神社(のぼのじんじゃ)

《創建》
明治28年(1895年)に地元有志により社殿竣工
明治12年(1879年)丁子塚などとよばれていた古墳が日本武尊の陵墓である
と宮内省(当時)に治定されたことを契機に、地元の有志が、神社創建を願い出、
宮家から幣帛料を賜り、社殿竣工へと至った。

《祭神》
主祭神 :日本武尊(やまとたけるのみこと)
配祀神 :建貝児王(たけかいこのみこ)/弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)

《その他》
駐車場あり・一帯が「のぼのの森公園」として整備されていて
園内に「能褒野王塚古墳」がある。

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