《四国第72番札所》曼茶羅寺(香川県善通寺市吉原町)

0曼荼羅寺・不老松跡と笠松大師

歴史ある四国霊場の中でも
最も古くからある寺院です。
樹齢1200年を誇った
空海お手植えの笠松も今は影もなく、
世は無常なりと教えてくれます。



去年の春にふと思い立った八十八ヶ所参り。
学生の頃に一度結願して、
旅は終えたと思っていたのですが
何の因果か、また始めてしまいました。

①善通寺から

さて、夏休みの帰省中
どこからお四国の道へ入ればいいかなと
JR善通寺駅からもそう遠くない
第75番善通寺さんへやってきました。
言わずと知れた、お大師様の生誕地です。
本堂にお参りして、東院から西院へ、
西の正覚門から出て、香色山(こうしきざん)を眺め
香川県道48号線を歩いて行くことにしました。
善通寺さんから74番甲山寺付近まで出て西へ。

②善通寺から曼荼羅寺へ

県道を歩くのですが、交通量が多く、
しかも、やたら大型車がびゅんびゅん通るので
どこか脇道へ入れないかなあと思っていましたら

③へんろ道へ

へんろ道の標識を発見!
73番出釋迦寺への案内ですが、
72番曼荼羅寺もすぐ傍にあるのです。

④筆ノ山

さて眼前に見えますのは、筆ノ山。
善通寺の五岳の一つです。
善通寺にぽこぽことある五つの山
香色山・筆ノ山・我拝師山・中山・火上山
これら五岳が屏風のように連なっていることから
屏風ヶ浦と呼ばれます。

⑤我拝師山

こちらが、我拝師山(がはいしざん)です。
向こうが中山(なかやま)かな?火上山(ひあげやま)かな?

⑥《第72番》曼荼羅寺(香川県善通寺市吉原町)

そして、やって参りましたのが
曼茶羅寺でございます。

⑦《第72番》曼荼羅寺・山門(香川県善通寺市吉原町)

山門です。

⑧《第72番》曼荼羅寺・山門裏草履(香川県善通寺市吉原町)

山門裏の大草鞋。

⑨《第72番》曼荼羅寺・手水舎(香川県善通寺市吉原町)

手水舎です。

⑩《第72番》曼荼羅寺・本堂(香川県善通寺市吉原町)

そして、本堂。
ちょうど緑の葉っぱで覆われて
お姿を拝見できません。

⑪《第72番》曼荼羅寺・本堂(香川県善通寺市吉原町)

斜めからの本堂です。
曼荼羅寺は、四国霊場の中で最も古くで
推古4年(596年)の創建なんだそうです。
空海のご先祖、佐伯家の氏寺で
「世坂寺(よさかでら)」として創建され
後に、空海が唐から帰国した後、
亡き母の冥福を祈るために
唐のお寺にならって伽藍を建立し
大日如来をまつり、
金剛界と胎蔵界の曼荼羅を安置したことから
「曼荼羅寺」と改めたのだそうです。

⑫《第72番》曼荼羅寺・香炉(香川県善通寺市吉原町)

本堂前の香炉です。
口から足が出ているような、なんでしょうね?

⑬《第72番》曼荼羅寺・大師堂(香川県善通寺市吉原町)

そして、大師堂です。

⑮《第72番》曼荼羅寺・観音堂(香川県善通寺市吉原町)

観音堂です。
平安時代に檜一木で作られた
観音様がお祀りされています。

⑯曼荼羅寺・不老松跡(香川県善通寺市吉原町)

ここに〝不老松〟こと樹齢1200年を誇る笠松が
10数年前まであったのだそうです。
お大師さまがお手植えされたという松で
枝を円形にぐるりとのばし、
巨大な菅笠のような形をしていたことから、
〝笠松〟と呼ばれていたそうです。
が、平成13~14年頃に松食虫のため
枯死してしまったのだそうです。

⑰曼荼羅寺・笠松大師(香川県善通寺市吉原町)

今は、不老松の面影を偲び、
枯死してしまった松の幹に
お大師さまのお姿を刻み
〝笠松大師〟として祀られています。

私が四国を巡ったのは14年ほど前。
その頃には、もう枯れていたのでしょうね。
先を急ぐことばかり考えて
一寺一寺味わうことをしなかったせいか
記憶にありませんが、
当時携帯していたガイドブックを開いてみたら
「老松が大きく枝を広げ
 200平方メートルもの広さで地上を覆っている」
とありました。

形あるものいつかは滅びる。
永遠のように見えていたものも諸行無常なんですね。





■《四国第72番札所》延命院 曼荼羅寺

《山号》我拝師山(がはいしざん)
《宗派》真言宗善通寺派
《本尊》大日如来
《創建》
推古4年(596年)佐伯家(空海の氏族)の氏寺として
「世坂寺(よさかでら)」という名前で創建された。
空海が唐から帰国後、亡き母の冥福を祈るため
大日如来を祀り、金剛界と胎蔵界の曼荼羅を
安置したことから「曼荼羅寺」と改めた。

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