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《四国第73番札所》出釋迦寺(香川県善通寺市吉原町)

0《四国73番》出釈迦寺・付近

仏道で衆生を救わんと願いをかけて
齢7つの幼い空海が捨身の行を行った
とされる伝説の山の麓
路傍の石仏が教えてくれたのは
今ここに生かされている身のありがたさでした。




⑪《第72番》曼荼羅寺・本堂(香川県善通寺市吉原町)

夏休みの帰省中、
八十八ヶ所のお寺をお参りしようと、
JR善通寺駅から、第75番善通寺さん経由で
第72番曼荼羅寺までやって参りまして、
そのまま、第73番出釋迦寺へ向かいます。

②《四国73番》出釈迦寺(香川県善通寺市吉原町)

曼荼羅寺から数百メートル
ゆるやかな坂道を上がっていきます。

③《四国73番》出釈迦寺付近のお地蔵さん

道中に墓地があって、
その角に、首のない石仏がありました。
袈裟をつけて宝珠を持っているので
お地蔵さんですね。
なんだか、このお地蔵さんを見た時に、
どうしても涙が出て止まらなくなりました。
お遍路道を歩いていると、
こういうことはよく起こります。
なんなのか、実際のところは分からないのですが、
これは多分、私の中でスイッチが入った
という合図なんだと思うのです。
現実モードから遍路モードへ変わるみたいな感じで、
遍路モードになると、
風が全身を駆け抜けて、
空の青や、樹々の緑や、路傍の石仏が、
鮮やかに鋭く体に浸透していって、
涙がばあっと出てきて、
生きているんだなあ、と思うんです。
私の魂というか、核というか、
いつも微動だにしない奥の奥が震えるんです。
これが麻薬なんでしょうねえ。
このために、またお四国に戻ってきたんでしょうね。

③《四国73番》出釈迦寺・参道(香川県善通寺市吉原町)

すぐ参道が見えてきました。

④《四国73番》出釈迦寺・山門(香川県善通寺市吉原町)

階段を上がると山門があります。

⑤《四国73番》出釈迦寺・我拝師山と修行大師(香川県善通寺市吉原町)

そして、修行大師がいらっしゃって、
その向こうに、我拝師山(がはいしざん)
がそびえます。
我拝師山の捨身ヶ嶽とよばれる崖の行場で
幼い空海が
「私は仏の教えを広めて人を救いたい。
 願いが叶うならば、釈迦如来よ姿を現したまえ。」
といって、断崖絶壁から身を投げた、その時
釈迦如来が現れ空海を抱きとめたという伝説があります。

⑥《四国73番》出釈迦寺・本堂(香川県善通寺市吉原町)

本堂です。
もともとは、
空海と名乗る前の、まだ幼い真魚(まお)が
身を投げたという我拝師山の山頂付近に、
その後、青年空海が堂宇を建てたことが始まりで、
我拝師山に札所があったのですが、
17世紀半ば、現在の本堂に札所が移され、
元の本堂は奥の院とされたのだそうです。

⑦《四国73番》出釈迦寺・大師堂(香川県善通寺市吉原町)

大師堂です。

⑧《四国73番》出釈迦寺・求聞持大師(香川県善通寺市吉原町)

求聞持(くもんじ)大師という像がありました。
求聞持法は、
虚空蔵菩薩の真言を100万回唱えることで
得られる、とてつもなくすごい記憶力です。
これを修得した行者は、あらゆる経典を暗記し
忘れることがないのだそうです。
真魚は、室戸岬の御蔵洞(みくろど)にて
虚空蔵求聞持法を修したといわれます。
眼前に空と海しかない岬の突端の洞窟で
修行していたところ、
明星(虚空蔵菩薩の化身)が口に飛び込んできて
求聞持法を習得し、悟りを得たのです。
そして、その洞窟からの景色より
「空海」と名乗るようになったと言われています。
ちなみに、今は御厨人窟は安全のために
封鎖されているんだそうです。
学生時代お遍路をした時にはまだ入れて
実際入ってみると、とにかく暗く、ジメジメとして
長居できるような雰囲気でなかったことが
思い出されます。

⑩《四国73番》出釈迦寺・鐘堂(香川県善通寺市吉原町)

境内奥に、まだ真新しい鐘堂がありました。

⑪《四国73番》出釈迦寺・鐘堂

丁寧にお作法を書いてくださっていました。

⑫《四国73番》出釈迦寺・遥拝所と我拝師山(香川県善通寺市吉原町)

そして、捨身ヶ嶽の遥拝所なる所がありました。
ここで祈願すれば、実際に捨身ヶ獄に登らずとも
同じご利益を得られるのだとか。

ここから小一時間ほど歩けば
空海が身を投げたという伝説の行場
その捨身ヶ獄禅定に到着すると聞いて
私も山道を登り始めたのですが、
山道で誰ともすれ違わず、
心細くなって、途中でひき返してきました。
行けば行くだけ、帰り道が長くなるのです。
その道が険しければなおさらです。
いやはや15年前には考えられなかった境地です。
昔ならば、いざ!と向かっていたでしょうが
年を重ねるということ、
先立つ者があるということ、
とはそういうことなのでしょう。

⑬《四国73番》出釈迦寺からの眺め

向こう見ずに思い切ることで見える景色。
身を守り引き返すことで見える景色。
どちらも尊いと思います。



■《四国第73番札所》求聞持院 出釋迦寺

《山号》 我拝師山
《宗派》 真言宗御室派
《本尊》 釈迦如来
《創建》 
空海が幼い頃、仏道を広め人々を救うという願いをかけて
断崖絶壁から飛び降りたところ、
釈迦如来が現れ、大願成就の証を示された、
という伝説の行場に、後に、空海自らが釈迦如来の本尊を彫り、
一寺を建立したことに始まる。
《歴史》
17世紀半ば、我拝師山の麓に寺が建立され、そこでも納経できるようになった。
1920年(大正9年)に、その麓の寺に札所自体が移された

《参考》 出釋迦寺HP

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