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仲哀天皇陵古墳(大阪府藤井寺市)

0仲哀天皇陵古墳(大阪府藤井寺市)

巨大前方後円墳が乱立する
古市古墳群の西の一角。
その陵の大きさは権力の証。
その荘厳な姿は
今もなお見る人を感嘆させます。




春めいてきたので、久々に古墳散策にやってきました。
世界遺産への機運が高まっているのかいないのか、
百舌鳥・古市古墳群を見学しようと、
その中でも、藤井寺周辺にやってきました。

①葛井寺から出発(大阪府藤井寺市)

まずは、せっかくなので、
西国第5番札所・葛井寺にお参りしてから出発です。

無題

お寺から少し西に行ったところ、
辛国神社という立派なお社の前に、道標を発見。
南方面に進みました。

③鉢塚古墳かな?(大阪府藤井寺市)

藤井寺西小学校の前あたりで、
古墳のようなぽっこり丘を発見!
MAPからすると、あれが鉢塚古墳に当たるのでしょうか…。
鉢塚古墳ならば、仲哀天皇陵の陪塚ですが、
ちょっと、よく分かりません…。

④仲哀天皇陵・後円部(大阪府藤井寺市)

少し行くと、古墳の片鱗が見えてきました。
でも、ずっと背の高い柵に覆われています。
前方部の遥拝所を目指して
古墳のお堀沿いに歩いて行きました。

⑤仲哀天皇陵(大阪府藤井寺市)

やっと古墳のお姿を拝見することができました。
けっこう大きい感じがしますが、
これで全国16位の規模だそうです。
あまり大きすぎると、
地上から全容を見ることができなくなってしまうので
これくらいがちょうどよいのかもしれません。
といっても十分大きいですけどね。

⑥仲哀天皇陵古墳(大阪府藤井寺市)

方墳側正面の遥拝所です。

こちらの古墳は、第14代仲哀天皇の陵墓と治定されていますが、
仲哀天皇は本当に実在したのか信憑性が低いとされています。
それもそのはず、仲哀天皇は、ヤマトタケルの息子という位置づけなのです。
しかも、仲哀天皇が崩御されたとされるのは200年。
築造の年代とあいません。
今では、第21代雄略天皇など、
他の被葬者だったのではないかという説が唱えられています。

ちなみに、仲哀天皇は、次代の第15代応神天皇の父と位置づけられています。
応神天皇のお墓もすぐ近くにあって、
しかも、あの仁徳天皇陵に継ぐ、全国第二位の規模を誇ります。



■仲哀天皇陵古墳(大阪府藤井寺市)
《別 名》 岡ミサンザイ古墳
《エリア》 古市古墳群
《築 造》 5世紀後半
《形 状》 前方後円墳/墳丘長242m、3段築成
《埋葬施設》不明
《出土品》 円筒埴輪、盾型形の形象埴輪
《被葬者》 不明(第14代仲哀天皇と治定される)      
《その他》 陪塚1基(鉢塚古墳)、全国16位の規模

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