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《四国第70番札所》本山寺 (香川県三豊市)

0《四国第70番》本山寺(香川県三豊市)

静かな町の、静かなお寺。
質実剛健、そんな言葉がにあう境内です。
四国霊場でも数少ない五重塔がシンボルです。



帰省中、娘と母と三世代女三人で、
霊場参りにやってきました。
今まで、私だけ、とか、私と娘だけでしたが、
今回は、三人連れ立っての道行でございます。

①JR四国・本山駅(予讃線)

さて、JR四国は予讃線「本山駅」にやってきました。
本日はここを起点して、70番本山寺
続いて、68・69番観音寺を目指し、
寛永通宝の銭形を眺めながら花見をしようという計画です。

「本山駅」を出ると、正面の道をひたすらまっすぐ歩きます。

②《四国第70番》本山駅~本山寺(香川県三豊市)

なんだか、門前町の感じがしてきたなと思ったところで、
まっすぐの道もおしまい。
右に曲がると、すぐにお寺の淡いブルーの壁が見えます。

③《四国第70番》本山寺・仁王門(香川県三豊市)

回り込んで、山門の方へやってきました。
こちらの門は仁王門で
朱色の残るお仁王さんがいらっしゃいます。

④《四国第70番》本山寺・本堂(香川県三豊市)

本堂です。
ご本尊は、絶対秘仏の馬頭観世音菩薩様です。
頭の上に馬頭をいただく観音様で、
四国霊場の中でも唯一だそうです。

⑦《四国第70番》本山寺納経

どんなお顔をされてるのかなあと
納経の際にいただく御札を見てみますと
こんな感じでした。

ちなみに、脇にいらっしゃる阿弥陀如来様には
興味深い逸話がありまして、
天正年間(1573~1593年)の長宗我部氏の戦いで
境内に乱入した長宗我部軍に抵抗した住職が
刃をかけられた時に、阿弥陀如来の右手から血が流れた
と言われています。
その阿弥陀如来は「太刀受けの弥陀」とよばれるようになりました。
そして、戦乱の兵火で讃岐の主要寺院が消失する中
本山寺では、本堂と仁王門の消失を免れたのでした。

⑤《四国第70番》本山寺・大師堂(香川県三豊市)

大師堂です。

⑥《四国第70番》本山寺・五重塔※平成の大修復中(香川県三豊市)

そして、五重塔。
…なのですが、工事中!残念!
四国霊場の中で、五重塔があるお寺は、案外少なく、
第31番・竹林寺(高知県高知市)
第75番・善通寺(香川県善通寺市)
第86番・志度寺(香川県さぬき市)
と、こちらの本山寺の4ヶ寺だけなのだそうです。
明治の再建に続き、今回、平成の大修復中でございます。

ちなみに、明治の再建に際して
盲目の住職が、巡礼の功徳で目が見えるようになり、
五重塔の再建に尽力された、と言われています。

⑦《四国第70番》本山寺・納経

納経させていただきました。
納経所のところに、お接待で、
ちりめんのお花の飾りが置かれてありましたので、
頂戴いたしました。
作ってくださった方、ありがとうございます!!



■《四国第70番札所》持宝院 本山寺(じほういん もとやまじ)

《所在地》 香川県三豊市豊中町
《山 号》 七宝山(しっぽうざん)
《宗 派》 高野山真言宗
《本 尊》 馬頭観音
《創 建》 大同2年(807年)平城天皇の勅願により、弘法大師が開基
《歴 史》
弘法大師が自ら刻んだ馬頭観世音菩薩像を本尊とし「長福寺」として開創。
天正年間(1573~1593年)の兵火で讃岐の主要寺院が消失する中
当寺院では、本堂と仁王門の消失を免れる。
天保年間(1830年~1844年)高松藩主・生駒氏、丸亀藩主・京極氏などに
再興され「本山寺」と改名。
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