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與喜天満神社(奈良県桜井市)

0與喜天満神社・拝殿(奈良県桜井市)

天照大御神初降臨の地にして、
日本最古の天神さん
長谷寺から初瀬川を渡った
甘南備の山に鎮座する
静かで厳かな社に
お参りさせていただきました。



①與喜天満神社・裏参道(奈良県桜井市)

長谷寺の参拝で体も心も満たされて、
駐車場に降りてくると、
〝日本最古の天満宮〟という言葉に目を惹かれました。
いやいや、第一は太宰府で、第二は北野じゃないのかな?
(わが町大阪府高槻市の上宮天満宮も〝第二番目〟を称していますが)
と、半ば疑いながら、せっかくだから行ってみよう!と
看板の指す方向に進んでみました。

②與喜天満神社・裏参道(奈良県桜井市)

すると…。
ここで道は間違いないのかな…?
なんだか不安な感じが…。
でも、他に道もなさそうだし、
間違ってたら引きかえせばいいや、
と上がってみることにしました。

③與喜天満神社・裏参道・緑の空間(奈良県桜井市)

一面、緑の森。
地面もコケむして、鮮やかな緑の絨毯です。
本当に進んでいいものか、不安ながらも行ってみると…

④與喜天満神社・裏参道・案内板(奈良県桜井市)

あった!!
NPOさんの手作り標識!
ありがとうございます。
勝手をいうと、もう少し手前にも標識を作っていただけると
安心だったのですが。
でも、あえてアナウンスしないことで
密やかでゆかしい森の参道が
守られているのかもしれませんねえ。

⑤與喜天満神社・境内(奈良県桜井市)

まもなく、お宮さんが見えてきました。
なんかすごく神聖な場所にやってきた感じがします。

⑥與喜天満神社・社務所(奈良県桜井市)

社務所というより祈祷所かな?

⑦與喜天満神社・なで牛(奈良県桜井市)

傍らに、撫で牛さんもいました。
長谷寺の五色線の腕輪がかけられてお顔が…
ご本尊の観音様を拝顔された方々が置いていったんですね~。

⑧與喜天満神社・拝殿(奈良県桜井市)

こちらは、天照大神初降臨の地にして、
最古の天神さんといわれています。
背後に広がる與喜山は、古来より
大和国で〝最初に太陽が昇る神聖な山〟と崇められていました。
天慶9年(946年)神殿太夫武麿という高徳の人物の夢に、菅原道真公が現れ、
長谷寺の十一面観音を参拝した後、雷神の姿となり、
「良き山に神となって鎮座しよう。」と、当山に鎮座されたと伝わります。
〝良き山〟と言われたことから「與喜大明神」と称することとなったのだそうです。
平安時代には長谷寺を守護する神として崇められ
後に周辺地域の神としても信仰されるようになりました。

また、こちらの社には現存最古の天神坐像が伝わっているのだそうです。

…本物のようですね。
最古って、またまた~と、正直疑っていたんです。すみません。

道真公とこの初瀬の地にどういう関係があるかというと
道真公のご先祖にあたる野見宿禰の出身地であり、
土師氏の源流の地といわれているのです。
野見宿禰は、最強の力士であり、埴輪作りのパイオニアといわれる人物です。
垂任天皇(BC29年~66年)の御代に、墳丘の建設や埴輪の製作で活躍したとされます。
この野見宿禰の出身は、出雲とされていて、てっきり、島根県の出雲と思っておりましたが、
なんと!ここ初瀬の出雲(奈良県桜井市出雲)出身だというのです!

でも、なるほど、納得です。やっぱりね。
ずっと変だと思ってたんですよね。そうですよね。
政治も文化も中心は機内なのに、
いきなり、中央から外れた場所を
国造りの重要な場所にしないですよね!
だって『古事記』が完成したのは712年
『日本書紀』が完成したのは720年
全ての中心は大和国にあったのです。
そして、大和政権の全身となる邪馬台国だって、
きっと、ここ奈良県桜井市にあったと思います。私は…。

⑨與喜天満神社・境内・磐座(奈良県桜井市)

さて、こちらは、鵝形石。
天照大神が舞い降りたという伝説の石です。

⑩與喜天満神社・境内・ホワイトボード・絆処(奈良県桜井市)

そして、境内に面白そうなホワイトボードが置かれてありました。
「與喜天満神社絆処」とされていて、
参拝者が自由になんでも書けるようになっていました。
せっかくなので、私も娘も書いてみました。

⑫與喜天満神・ホワイトボード・絆処・メッセージ

ちなみに、これは娘の書いたものです。
古墳とお寺と神社によく行くせいか
あまり区別が分かっていないんですかね。
「またい~ぱいこふんをつくってね。」と書いてます。
ここは、埴輪作りの祖・野見宿禰の出身地ですから、
あながち間違っていませんよね。逆に怖いくらいです。

⑪與喜天満神社・ホワイトボード・絆処・メッセージ

これも娘が書きました。
「にほんいち の こふん になってね。」
…。う~ん。古墳のコフィーしかイメージが出てきません。
でも、ホワイトボードには、
「貴方しか分からない時空を超えたメッセージをお書きください。」
と添えられていたので、これもよしでしょう。

⑬與喜天満神社・表参道・石段(奈良県桜井市)

さて、帰りは表参道から帰ることにしました。

⑭與喜天満神社・表参道・與喜寺跡・廃寺(奈良県桜井市)

苔むす石段をくだっていくと、廃寺がありました

⑮與喜天満神社・表参道・鳥居・天神宮・天然記念物與喜暖帯林(奈良県桜井市)

鳥居さんです。
「天神宮」とあります。
鳥居左手の石碑には「天然記念物与㐂山暖帯林」とあります。

與喜山の森林は、長谷寺の寺領として
古来より伐採を禁じられていたため、
原生林の状態を残していおり、
常緑広葉樹を主とする暖帯性植物を中心に
約950種に及ぶのだそうで、
昭和32年に天然記念物に指定されたのだそうです。

⑯與喜天満神社・鳥居横・お地蔵さんたち(奈良県桜井市)

鳥居さんの横にお地蔵さんたち
石仏がいっぱいありました。
ここは、お伊勢さんへの道でもあったのですね。

⑰初瀬川・與喜天満神社~長谷寺(奈良県桜井市)

初瀬川です。
「みもろの神の、帯ばせる泊瀬川(はつせがわ)、
水脈(みを)し絶えずは、我れ忘れめや」
(美輪山から流れる初瀬川の水の流れが絶えないよう
私は忘れたりしませんよ。)
柄にもなく「万葉集」から一句。
三輪高市麻呂(みわのたけちまろ)という方の歌です。

ちなみに、初瀬川は「早し」の枕言葉でもあります。
確かに、水の流れが早いですね。

古から特別な場所として崇められていた地にて
神の山から流れるという清き川を眺めていると、
古代とつながれるような気がしますね。





■與喜天満神社(よきてんまんじんじゃ)

《所在地》 奈良県桜井市初瀬

《祭 神》 菅原道真公、天照大神

《創 建》
天慶9年(946年)神殿太夫武麿という高徳の人物の夢に、菅原道真公が現れ、
長谷寺の十一面観音を参拝した後雷神の姿となり、鎮座された、と伝わる
天暦2年(948年)7月、武麿は神殿を建立しました。 これが與喜天満神社の創祀です。

《参 考》 與喜天満神社HP
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