FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  •   --, -- --:--

闘鶏野神社(高槻市氷室町)

0闘鶏野神社(高槻市氷室町)

名神高速道路を真下に臨み
朱塗りの欄干を備えた跨道橋を渡った先に鎮座する
美しい破風の社殿です。

0闘鶏野神社・斜め(高槻市氷室町)

■闘鶏野神社(つげのじんじゃ)

創建:不詳
    元々は「八幡大神宮」と称し、地域の氏神として崇敬を集めたそうです。

祭神:天照大御神(…皇室の祖先神・日本国民の総氏神・太陽神)
   天児屋根命(…中臣・藤原氏の祖先神・春日権現・天の岩戸で祝詞をあげた神)
   応神天皇(…仲哀天皇と神功皇后の皇子・八幡神)
   額田大中彦(…応神天皇の皇子・闘鶏で氷室を見つけた伝説で有名)  など


②闘鶏野神社・鳥居(高槻市氷室町)

高槻市バス「阿武野校前」下車後、
阿武野小学校を右手に見ながら北上し、
道標に沿って住宅地を左手に入って行くと
鳥居と、その先に、どこへ続くのか、長い階段が見えます。

K①観音寺跡(高槻市氷室町)

ちなみに、この鳥居の左手には、
つい先日平成27年12月まで、観音寺というお寺があったそうですが、
今は跡形もなくなっていました。

K②観音寺跡(高槻市氷室町)

一時は高槻城主永井直種を檀家とするなど繁栄したが
廃藩置県で大檀家を失い寺運は衰退していったのだそうです。

K④観音寺跡・地蔵堂(高槻市氷室町)

奥の方にお地蔵さまの御堂だけありました。

K⑥観音寺跡・六地蔵(高槻市氷室町)

六地蔵様もいらっしゃいました。皆さん宝珠をもたれています。


さて、闘鶏野神社へ向けて長い階段を進んでいきます。

③闘鶏野神社・階段(高槻市氷室町)

まるで天空へ続いているかのようです。

④闘鶏野神社(高槻市氷室町)

そして、名神高速道路の上を通ると、闘鶏野神社に到着です。

①闘鶏野神社(高槻市氷室町)

新しくて立派、そして、なんだか格好の良い社殿です。
素人目で間違っているかもしれませんが、
千鳥破風と唐破風を組み合わせたような、
キリリとして、インパクトのある社殿です。

ちなみに、この「闘鶏野」という名前。
かつて、この地で、闘犬のように、鶏を闘わせた歴史があるんだろうか…
なんて私は思っていたのですが、
そうではなく、鶏鳴が神託を「告げる」ことに由来して
「ツゲ」…「闘鶏」とされたのだそうです。

「鶏」は古代から神の遣いとされ、
埴輪でも、太陽を連れてくるものとして、
光や再生のシンボルとされていました。

‫今城塚古墳・鶏形埴輪レプリカ(高槻氏郡家新町)
※今城塚古墳(高槻市郡家新町)・鶏形埴輪レプリカ

天照大御神が天の岩戸にお隠れになった時も、
常世の長鳴鳥すなわち鶏を集めて鳴かせたとされています。

そして、この「闘鶏野(つげの)」という名前
そして、この辺りの「氷室町」という地名から
浮かび上がってくる歴史があるのですが…
『日本書紀』(仁徳天皇62年条)に
額田大中彦が闘鶏という所に狩りに出かけた所、氷室を見つけ
父、応神天皇に献上して喜ばれたという記述があるのです。
一般的に、この闘鶏という場所は、
奈良県の旧「都祁村」(奈良市に編入)とされていて
ほど近い天理市福住町に「氷室神社」という神社もあります。
けれども、もしかすると、
この山一体が、真の「闘鶏」であり、額田大中彦が見つけたという
氷室があったのかもしれません…。

闘鶏野神社・狛犬(高槻市氷室町)
狛犬さんです。
ちょっぴりキャラクターちっくな感じもしないでもないです。

⑤闘鶏野神社・春日燈籠(高槻市氷室町)

境内には春日燈籠があります。
ご祭神にも、天児屋根命がいらっしゃいますし、
春日大社とも浅からぬ関係があるんでしょうね。

⑦闘鶏野神社・八幡宮(高槻市氷室町)

ちなみに社殿の裏、本殿の奥には、古い狛犬や燈籠がありました。
燈籠には「八幡宮」とありますから、
元々の「八幡宮」時代のものだったのでしょう。

B①闘鶏山古墳

そして、社殿の面の、奈佐原丘陵には「闘鶏山古墳」があります。

地球上のどの地でもそうなのですが
幾年月を経て、同じ一つの場所に
今では伺いしることもできない様々な歴史が
積み重ねられているということに、
悠久のロマンを感じずにはいられませんね。
関連記事
スポンサーサイト

Comment - 0

WHAT'S NEW?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。