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安満宮山古墳(高槻市安満御所の町)

①安満宮山古墳(高槻市安満御所の町)

大阪平野を一望できる安満山の中腹
古から神域として守られてきたその丘から出土したのは、
五面の銅鏡が納められた木棺。
その銅鏡は、卑弥呼が魏国から賜った、かの有名な銅鏡だとか…
そんなめくるめく古代のロマンを秘めた古墳に
行ってまいりました。




②ただ今工事中(高槻市安満御所の町)

安満宮山遺跡のある丘一体は、現在、
広大な高槻市公園墓地となっていますので、
高槻葬祭センターと公園墓地を目指します。
公共の交通機関の最寄り駅は、高槻市営バスの「磐手橋」で
そこから山道を歩くと、約25分程度で到着できます。
ちなみに、墓地参拝者用の駐車場がそこかしこにありますので、
車で行くことも可能です。

③高槻市立葬祭センター(高槻市安満御所の町)

坂道を上がり始めてすぐに高槻市葬祭センター(火葬場)があります。

④古墳の看板

ここに「安満宮山古墳」と「安満山古墳群」の案内板があります。
「安満山」古墳と「安満山」古墳、
また、別に「安満遺跡」とあって、ちょっぴりややこしいですね。

⑤安満宮山古墳へ(高槻市安満御所の町)

ここから更に山道をくねくねと上がり、
安満宮山古墳を目指します。
ちなみに、この安満山は古くから磐手杜神社(高槻市安満磐手町)の神域として守られてきた山なのですが、
今では、広大な墓地が広がっております。

⑥安満山古墳・A1号墳(高槻市安満御所の町)

安満宮山古墳のすぐ手前に「安満山古墳A1号墳」があります。

⑦安満宮山古墳・頂上(高槻市安満御所の町)

そして、安満宮山古墳に到着。
標高約125mで、なかなかの高台にあります。

①安満宮山古墳(高槻市安満御所の町)

出土した銅鏡をあしらった案内判と
埋葬部分を覆ったガラスシェルターが印象的です。

⑧安満宮山遺跡・被葬(高槻市安満御所の町)

ガラスシェルターを覗くと、被葬者の人型と
出土した当時そのままに副葬品のレプリカが並べられていて、
なんだかドキドキしますっ!

⑨安満宮山古墳・被葬の様子(高槻市安満御所の町)

ここに木棺が納めれられていたわけですが、
底一体が水銀朱で朱く染まっているのが分かります。
古墳の埋葬付近ではよくこういった朱が見られますが、
朱色には、血、生命といった意味があり、 
被葬者の再生を願ったのではないかともいわれています。

そして、この古墳で最も注目されるのが、
被葬者の頭上に納められた5面の「銅鏡」です。
この内の1号、2号、5号鏡が、
卑弥呼が魏の国に外交使節団を送った時に
『親魏倭王』の印綬と共に与えられた
かの有名な『銅鏡百枚』であろうとされているのです。
特に『青龍三年(魏の年号で235年)』と刻まれた2号鏡は、
日本最古の年号鏡なのです。

ちなみに、案内板に納められた銅鏡のレプリカは以下の通り。

⑩安満宮山古墳・銅鏡1号

■1号鏡:三角縁「吾作」環状乳四神四獣鏡(239年頃)
 一神(西王母)や、霊獣に乗った二神が見受けられます。

⑪安満宮山古墳・銅鏡2号・青龍三年

■2号鏡:「青龍三年」方格規矩四神鏡(235年)
〝青龍三年〟の文字が見られます。 

⑫安満宮山古墳・銅鏡3号・四神四獣鏡

■3号鏡:三角縁「天・王・日・月・吉」獣文帯四神四獣鏡(260年頃)
 四神と四獣が見られます。

⑬安満宮山古墳・銅鏡4号

■4号鏡:斜縁「吾作」二神二獣鏡(220年頃)
 二獣(青龍・白虎)と二神が見られます。

⑭安満宮山古墳・銅鏡5号

■5号鏡:「陳是作」半円方形帯同向式神獣鏡(239年頃)
 明らかな特徴を見出すことができなかったのですが、
 神獣がひそんでいるようです。

今までよく知らなかったのですが、
銅鏡の裏側には、
青龍・白虎などの四神、
神仙思想に基づく西王母(せいおうぼ)東王父(とうおうふ)など
が刻まれていて
不老不死、立身出世、子孫繁栄などの願いが込められているのです。
特に、西王母(せいおうぼ、さいおうぼ)は、大変興味深いものがあります。
西王母は、元々「天厲五残(疫病と五種の刑罰)」を司る〝人頭獣身の鬼神〟
または「人間の非業の死」を司る〝死神〟とされていましたが、
その畏れから、西王母を崇めて「非業の死を免れよう」という信仰が起き
やがて〝不老不死の力を与える美しき最高仙女〟へと変化していったのだそうです。
どことなく記紀神話の〝イザナミ〟を彷彿とさせるような、
とにもかくにも、死とは切っても切り離せない存在の方なのです。
また、西王母の仙桃を食べれば、寿命が三千年延びる、
なんていう逸話もあるのだとか。

ちなみに、それに対する東王父(とうおうふ)は、
それほどの逸話はないようですが、
東方にあるという蓬莱山(ほうらいさん)上に住むと言われています。
蓬莱山といえば、日本では〝富士山〟がイメージされますが、
不老不死の妙薬がある山と言われていますね。

…そう思うと、鏡は、その人の偉大さを表すためだけ
に埋葬されたのではなく、
再生の祈りもありながら埋葬されたのだな、と思います。

⑮安満宮山古墳から悠久の丘へ

ちなみに、この古墳のすぐ傍に
「悠久の丘」という案内板を見つけたので行ってみました。

⑯悠久の丘(高槻市安満御所の町)

坂と階段を上った先に、静かな公園がありますが、
せっかくの見晴らしは、鉄塔に阻まれよくありません。

⑰悠久の丘付近

それよりも、「悠久の丘 90m」という案内板のところから、
悠久の丘方面(左側)とは反対の右側に行ってみると、
大変な絶景を楽しめる場所に出ます。

⑱安満宮山遺跡付近からの眺め

いやあ、本当に絶景!胸がすくような絶景です!!
遮るものが何もなく180度、大阪平野を望むことができるのです。

⑲安満宮山遺跡付近からの眺め・阿部野ハルカス&新幹線

よくみると、向こうの片に阿部野ハルカスも見えます。
正面中央のぼんやりした影がおそらく阿部野ハルカスで、
その前を、新幹線が走っています。

安満宮山古墳に行かれた際には、
ぜひとも「悠久の丘」付近の高台に登ってみてください。




■安満宮山古墳(あまみややまこふん)

《エリア》 三島古墳群
《時期》 260年頃(古墳時代初期)
《形状》 長方形墳(東西18m×南北21m)
《被葬者》地域の有力者(卑弥呼の送った魏への使節団の一員か)
《その他》
副葬品:青銅鏡5面、ガラス小玉(1600個余り)の装飾品、
刀や斧などの鉄製品 など 出土
《参考》
※高槻市HP(安満宮山古墳)

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