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宝城庵(大阪府三島郡島本町桜井)

⑥宝城庵(三島郡島本町桜井)

菊水の御紋を刻む山門の
静かな庵です。



①JR島本町・西出口

JR島本駅西口から、北へ100mほど進み、踏切のある初の交差点を左折。

③八幡神社(三島郡島本町桜井)

そこから50m程度進んだところにある「八幡神社(島本町桜井)」で、
もともとこちらにあった薬師如来像が、神仏分離で、近くの「宝城庵」に移された、
と知ったので、訪ねてみることにしました。


八幡神社を少し過ぎて、左へ曲がれる道があるので、そこを進みます。

③水音の響く竹やぶ

なんだかそそられる杜というか竹やぶがあるのですが、
それに沿って道なりに行きます。

④宝城庵への道(三島郡島本町桜井)

すると、前方に『宝城禅庵』の碑を発見!

⑤宝城庵近くのお地蔵様(三島郡島本町桜井)

ちなみに、竹やぶの向かいに、お地蔵様がおいでました。

⑥宝城庵(三島郡島本町桜井)

こちらが、山門です。

⑦宝城庵・山門・菊水紋

山門をくぐり、ふと、上をみてみると、内側に、菊水の御紋が!
さすが島本町は桜井、楠公父子訣別の地でございますね。

⑧宝城庵・山門・菊水紋

ちなみに、瓦にも、菊水の御紋が刻まれていました。

⑨宝城庵・鐘楼(三島郡島本町桜井)

山門をくぐると、風情のある石階段と鐘楼がございます。

⑩宝城庵・薬師堂(三島郡島本町桜井)

そして、左手側に、薬師堂があります。

⑪宝城庵・手水舎(三島郡島本町桜井)

ここに、件の「薬師如来立像」が祀られているというわけです。

⑫宝城庵・薬師如来立像・看板(三島郡島本町桜井)

平安時代後期に作られたもので、
ヒノキ一材で、登頂から足柄まで彫成されたものに、
両肩先材を寄せて作られているそうです。
平安後期の薬壷を表す数少ない貴重な作品なのだそうです。

⑬宝城庵・仏様

こちらは、庵の奥の墓地にいらっしゃった仏様です。

⑭見晴らし

墓地は高台になっていて、
のどかな島本町の風景を見下ろすことができました。

さて、これで庵を失礼して、庵の塀に沿って細い道を行ってみることにしました。

⑮宝城庵近くのお地蔵様たち

庵の北側、真裏の辺りに、またまた、お地蔵様の御堂がございました。

⑯トンネル

そして、少し坂を上がると、左手に名神高速道のトンネルが。
トンネルくぐりたい!という娘の希望で、くぐってみると、その先に公園が。

⑰応堂寺山公園

「応堂寺山公園」というのだそうです。

〝応堂寺〟といえば、宝城庵以前に元々あったのが〝応塔寺〟の寮舎。
そこに由来するんでしょうね。




■宝城庵(ほうじょうあん)
《山号》補陀山
《宗派》臨済宗 大徳寺派 
《本尊》聖観世音菩薩
《創建と歴史》
もともと、当地には、天台宗の「応塔寺(おうとうじ)」という寺院の寮舎があったが
天文年間(1532~1555年)に兵火により消失。
元亀2年(1571年)僧・明岩(みょうがん)が庵室をつくり「宝城庵」と称し、禅宗に改宗。
寛永年間(1624~1643年)に僧・栄室(えいしつ)が再興し、
大徳寺から、住持(住職)の玉舟宗璠(ぎょくしゅうそうばん)を迎えて開山。
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